海外医療制度勉強会では、「南アフリカ共和国の医療制度 ― 先進医療と医療格差が同居する国」を開催しました。
今回取り上げたのは、アフリカ大陸最大級の経済規模を持つ南アフリカ共和国です。
南アフリカの医療制度を理解するうえで重要なのが、公的医療と民間医療の大きな分断です。
都市部には高度な医療を提供する私立病院があり、民間医療保険であるMedical Schemeを利用する層は、先進国と比較しても遜色のない医療サービスへアクセスできます。
一方で、国民の多くが利用する公的医療では、医療人材や設備の不足、長い待機時間、地域間の格差など、多くの課題を抱えています。
つまり南アフリカは、単純に「医療資源が不足している国」ではありません。
高度な医療が存在しているにもかかわらず、それを利用できる人とできない人の間に大きな格差がある。
今回の勉強会では、この特徴的な医療制度がなぜ形成されたのかを、歴史と制度の両面から整理しました。
南アフリカの医療制度を考えるうえで、アパルトヘイトの歴史を切り離すことはできません。
人種によって居住地域や教育、雇用、社会サービスへのアクセスが分断されていた時代には、医療についても大きな格差が存在しました。
1994年の民主化以降、政府は医療への公平なアクセスを目指し、プライマリ・ヘルス・ケアの拡充や公的医療制度の改革を進めてきました。
しかし、歴史的に形成された所得格差、地域格差、医療資源の偏在は、現在の医療制度にも大きな影響を残しています。
制度を変えるだけでは、長年にわたって形成された医療格差は簡単には解消できない。
南アフリカの事例は、医療制度が社会構造と密接に関係していることを改めて示しています。
今回の中心テーマの一つが、南アフリカ特有の公私二重構造です。
南アフリカには、
という二つの大きな仕組みが存在しています。
公的医療は人口の多くを支える一方、限られた財源と人材で膨大な医療需要に対応しています。
これに対して民間部門には、多くの医療資源が集まり、大規模な私立病院グループによる高度医療も発展しています。
その結果、
国全体として医療資源が存在していても、それが人口に応じて均等に配分されているわけではない
という構造が生まれています。
単純な「医師数」「病床数」だけでは、その国の医療アクセスを評価できないことがよく分かる事例です。
南アフリカの民間医療を理解するうえで欠かせないのが、Medical Schemeです。
Medical Schemeは、加入者から保険料を集め、民間医療機関で受ける医療費をカバーする仕組みで、南アフリカの高度な民間医療を支える重要な制度となっています。
一方で、加入には一定の経済力が必要となるため、誰もが利用できる制度ではありません。
所得によって、利用する医療機関や受けられる医療サービスに大きな違いが生じる。
これは南アフリカの医療格差を象徴する仕組みの一つでもあります。
現在、南アフリカではNational Health Insurance(NHI)という大規模な制度改革が進められています。
NHIが目指しているのは、所得や保険加入状況にかかわらず、すべての国民が必要な医療へアクセスできる仕組みを構築することです。
つまり、現在の公的医療と民間医療に分断された構造を見直し、国全体の医療資源をより公平に活用する制度へ転換しようという試みです。
理念としては非常に明確です。
一方で、実際に制度を機能させるためには、
といった多くの論点があります。
国民皆保険制度は、法律を作れば完成するものではありません。
財源、医療提供体制、人材、アクセス、質を同時に設計しなければ成立しない。
南アフリカのNHI改革は、その難しさを非常に分かりやすく示しています。
今回の南アフリカ編で特に印象的だったのは、高度医療の存在と医療制度全体の公平性は、まったく別の問題だということです。
優れた病院がある。
高度な医療技術がある。
優秀な医療人材がいる。
それだけでは、国民全体に医療が届いているとは言えません。
重要なのは、
「どのような医療が存在するか」ではなく、「誰が、その医療にアクセスできるのか」
という視点です。
南アフリカの医療制度は、医療の高度化だけを追求した場合に、制度としてどのような問題が生じるのかを考えるうえでも非常に示唆的でした。
日本と南アフリカでは、人口構造、経済状況、医療制度の歴史など、多くの条件が異なります。
それでも、南アフリカの事例から考えられることは少なくありません。
医療資源をどこに配置するのか。
公的財源と民間資源をどのように組み合わせるのか。
医療アクセスの公平性をどこまで保障するのか。
高度医療と地域医療をどう両立させるのか。
こうした問いは、日本においても今後ますます重要になります。
海外医療制度を学ぶ目的は、その国の制度をそのまま日本に導入することではありません。
異なる制度を見ることで、自国の制度で当たり前だと思っていた前提を問い直すことにあります。
今回の南アフリカ編も、日本の医療制度を別の角度から考える機会となりました。
ご参加いただいた皆さま、ありがとうございました。
海外医療制度勉強会では、今後も各国の制度を通じて、医療政策、医療経営、医療提供体制について多角的に考えていきます。