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2026/9/23

【開催報告】日本の介護保険に「現金給付」がなぜないのか? 国際潮流と比較する

オンラインセミナー「日本の介護保険に『現金給付』は必要か」を開催しました

無料オンラインセミナー
「日本の介護保険に『現金給付』は必要か ― 家族を無償の調整弁にしない制度を考える ―」
を開催しました。

今回のテーマは、介護保険制度における**「現金給付」**です。

日本の介護保険制度は、家族だけに介護を背負わせるのではなく、社会全体で支える「介護の社会化」を理念としてスタートしました。

そのため、制度の基本は家族に現金を渡すことではなく、介護事業者によるサービスを提供する「現物給付」となっています。

一方で現在、介護人材の不足や地域偏在が深刻化し、

「制度上はサービスが存在していても、実際には必要なときに利用できない」

という問題が顕在化しつつあります。

では、そのとき誰が介護を担っているのか。

今回のセミナーでは、この問いを起点として、日本の介護保険制度と海外の制度を比較しながら、現金給付の可能性と限界について整理しました。

なぜ日本は「現金給付」を採用しなかったのか

まず取り上げたのは、日本の介護保険制度がなぜ現物給付を中心とする制度になったのかという点です。

単に「現金給付という選択肢を忘れていた」のではありません。

介護保険制度の創設時には、

  • 家族介護を固定化しないこと
  • 特に女性へ介護負担が集中することを避けること
  • 介護サービス市場を育成すること
  • 専門的な介護を社会サービスとして提供すること

などが重視されました。

つまり、日本が現物給付を基本としたことには、家族介護から社会的介護へ転換するという明確な政策的意図がありました。

この原則は現在でも重要です。

一方で、制度開始から四半世紀以上が経過し、介護人材不足や人口構造の変化によって、当時とは異なる課題も生じています。

サービスがなければ、最後は家族が引き受ける

介護保険制度では、要介護認定を受け、ケアプランを作成し、必要なサービスを利用する仕組みが整備されています。

しかし、制度が存在することと、実際にサービスを利用できることは同じではありません。

訪問介護員が不足している。

夜間や早朝に対応できる事業者がない。

過疎地域では選択できるサービスそのものが少ない。

希望しても必要な量のサービスを確保できない。

こうした「供給制約」が発生したとき、その不足分を実質的に埋めているのが家族です。

つまり、制度上は介護の社会化を掲げながら、サービス供給が不足した部分については、家族が無償の調整弁として機能してしまうという構造があります。

今回のセミナーでは、現金給付を考える前提として、まずこの問題を共有しました。

海外では「現金」と「現物」を組み合わせている

続いて、ドイツ、オランダ、スロベニア、韓国などの制度を取り上げました。

海外を見ると、介護給付は必ずしも「現金か現物か」の二者択一ではありません。

たとえばドイツでは、現物サービスだけでなく介護手当という選択肢があり、両者を組み合わせることもできます。

オランダでは、一定の条件のもとで本人がケアを手配するための個人予算が設けられています。

また、家族介護者を制度上位置づけ、所得保障や休業制度などを組み合わせている国もあります。

ただし、重要なのは、海外の現金給付を単純に「家族へ自由にお金を渡す制度」と理解しないことです。

多くの制度では、

  • 利用資格の認定
  • ケア内容の確認
  • 契約管理
  • 支払い管理
  • 専門職による相談
  • モニタリング
  • 不正利用への対応

などを組み合わせています。

現金給付にも制度設計が必要であり、現金を渡せば問題が解決するわけではない。

ここが今回の重要なポイントの一つでした。

現金給付で解決できること、できないこと

現金給付を導入すれば、介護人材不足そのものが解決するわけではありません。

介護する人自体がいなければ、お金だけを渡してもサービスは生まれません。

また、家族へ給付することで、

  • 家族介護の固定化
  • 女性への負担集中
  • 要介護者と家族の経済的依存
  • 虐待やネグレクトの把握困難
  • 給付の目的外利用

など、新たな問題を生む可能性もあります。

したがって今回のセミナーでは、現金給付を「介護人材不足を解決する万能策」としてではなく、現物給付だけではカバーできない領域を補完する政策手段の一つとして整理しました。

「現金か現物か」ではなく、どう組み合わせるか

今回、最終的に提示したのが、現物給付を基本としながら複数の選択肢を組み合わせる**「日本版ハイブリッドモデル」**です。

基本となる介護サービスは、これまで通り専門職による現物給付を中心とする。

そのうえで、

  • サービス供給が著しく困難な地域や時間帯への限定的な現金給付
  • 本人が必要な支援を組み立てるための管理付き個人予算
  • 家族介護者への相談・レスパイト・所得保障
  • ケアマネジャー等によるモニタリング
  • 給付の適正利用を担保する仕組み

などを組み合わせる考え方です。

現金給付を全面的に導入するか、現物給付だけを守るか。

その二者択一ではなく、

「どの場面を社会サービスで支え、どの部分に本人や家族の選択肢を持たせるのか」

という制度設計の議論が必要ではないか。

今回のセミナーでは、その点を中心に議論しました。

問うべきは「家族をどう位置づけるか」

介護制度を考える際、サービス量や給付費だけで議論すると、家族の存在が見えなくなります。

しかし現実には、サービスとサービスの間をつなぎ、突発的な対応を引き受け、制度で対応できない時間を埋めているのは、多くの場合家族です。

家族の支援を前提としながら、それを制度上は無償のものとして扱い続けるのか。

あるいは、家族も介護システムを構成する一員として位置づけ、適切な支援や保障を設計するのか。

これは今後の日本の介護保険制度を考えるうえで、避けて通れない論点です。

今回のセミナーでは、

「現金か、現物か」ではなく、家族を無償の調整弁にせず、必要な人に必要なケアをどう届けるのか

という視点から、海外の制度と日本の現状を比較しました。

ご参加いただいた皆さま、ありがとうございました。

AMI&Iでは今後も、医療・介護制度を単に制度の仕組みとして捉えるのではなく、人口構造、人材、財源、現場運用まで含めて考える機会をつくってまいります。

講師

溝口博重
株式会社AMI&I 代表取締役/NPO法人医桜 代表理事

医療機関の経営・組織開発、診療報酬・医療政策分析、医療DX、国内外の医療制度比較などを専門とし、医療・介護現場の課題を、個人の努力だけではなく制度・構造・役割分担の問題として分析している。