海外医療制度勉強会 第10期の最終回として、
「アフリカ第二弾! ケニアの医療制度 ― デジタル先進国は、国民皆保険を実現できるのか?」
を開催しました。
今回取り上げたのは、東アフリカのケニア共和国です。
ケニアは、感染症、医療資源不足、都市と農村の格差といった課題を抱える一方で、近年は国民皆保険(Universal Health Coverage:UHC)の実現に向け、大規模な医療制度改革を進めています。
また、スマートフォン決済「M-Pesa」に代表されるように、アフリカ有数のデジタル先進国でもあります。
今回の勉強会では、こうしたケニアの特徴を踏まえながら、**「限られた医療資源と財源の中で、どのように全国民へ医療を届けるのか」**という視点から、医療制度全体を整理しました。
まずは、ケニアの医療制度がどのように形成されてきたのかを歴史から振り返りました。
植民地期の医療制度、独立後の公的医療制度の整備、1966年に創設されたNHIF(National Hospital Insurance Fund)、地方分権、そして現在のSHA(Social Health Authority)改革までを時系列で整理しました。
ケニアでは、2010年憲法によって健康への権利が明記され、2013年以降は医療サービスの多くが47のCounty(郡政府)へ移管されています。
そのため現在のケニア医療制度を理解するには、中央政府の制度だけでなく、地方分権された医療提供体制をどのように機能させるかという視点が欠かせません。
今回の中心テーマの一つが、NHIFからSHAへの制度改革です。
ケニアでは、従来のNHIFに代わり、国民皆保険の実現を目指した新たな仕組みとしてSocial Health Authorityが導入されています。
制度は、
など、複数の財源・機能を組み合わせながら設計されています。
単純に「保険加入者を増やす」のではなく、一次医療から高度医療まで、医療提供体制そのものと財源を一体で再設計しようとしている点が、今回の改革の大きな特徴です。
ケニアの医療は、日本のように比較的均質な提供体制ではありません。
Public、Private、Faith-Based、NGO、Communityなど、さまざまな主体が医療を提供しています。
特に、教会など宗教系組織が運営するFaith-Based医療機関が地域医療において大きな役割を担っている点は、ケニアをはじめとするアフリカ諸国の医療制度を理解するうえで重要です。
一方で、ナイロビなどの都市部には高度な医療を提供する私立病院が存在する一方、地方では医療機関や医療人材へのアクセスが十分ではない地域もあります。
一つの国の中に、非常に異なる医療環境が共存している。
この地域格差をどう縮小していくかも、UHC実現に向けた大きな課題です。
今回特に注目したのが、地域で活動するCommunity Health Promoter(CHP)の存在です。
ケニアでは、病院や診療所だけでなく、地域住民に近い場所で予防、健康教育、受診勧奨、フォローアップなどを担う人材を活用しています。
限られた医師・看護師だけですべての医療を提供するのではなく、地域住民に近い人材を医療システムに組み込むことで、一次医療へのアクセスを広げようとしています。
これは、日本における医師偏在や医療人材不足を考えるうえでも、非常に示唆の多い仕組みです。
ケニア医療のもう一つの特徴が、デジタル技術の活用です。
M-Pesaに代表される電子決済だけでなく、住民登録、保険制度、地域医療、救急医療など、さまざまな領域でデジタル化が進められています。
今回の勉強会では、デジタルヘルスを単なる「便利な医療IT」としてではなく、
「限られた資源で全国民へ医療を届けるための制度インフラ」
として捉えました。
制度をデジタル化すること自体が目的ではなく、加入者管理、医療費支払い、地域住民の把握、医療アクセス改善など、UHCを実装するための手段としてデジタル技術が使われている点は非常に興味深いところです。
アフリカの医療というと、感染症対策をイメージすることが多いかもしれません。
しかし現在のケニアでは、感染症への対応を続けながら、糖尿病、高血圧、心血管疾患などの非感染性疾患(NCDs)への対応も必要になっています。
人口増加や都市化、生活様式の変化によって疾病構造も変化しています。
つまり、
感染症対策を終えてから生活習慣病対策へ移行するのではなく、両方を同時に進めなければならない。
これが現在のケニアが直面している大きな難しさです。
今回のケニア編を通じて改めて考えたのは、海外医療制度を学ぶ意味です。
ケニアの制度を「日本より遅れている医療制度」と見るだけでは、本質を見誤ります。
人口が増え続ける社会で、限られた財源と医療人材を使いながら、どのように国民全体へ医療を届けるのか。
どこまでを病院が担い、どこからを地域が担うのか。
高度医療と一次医療に、限られた財源をどう配分するのか。
デジタル技術を、制度の中にどう組み込むのか。
こうした問いは、人口減少と高齢化、人材不足、医療費増大に直面する日本にとっても決して無関係ではありません。
海外の医療制度を知ることは、日本の医療制度を別の角度から見ることでもあります。
第10期の最終回として、ケニアはそのことを改めて考える機会となりました。
海外医療制度勉強会では、各国の制度を単に紹介するのではなく、
「なぜ、その国はこの制度を選んだのか」
「どのような社会課題に対応しようとしているのか」
「日本と比較すると何が見えてくるのか」
という視点を大切にしてきました。
第10期も、さまざまな国の医療制度を通じて、医療制度には唯一の正解があるのではなく、それぞれの国の歴史、人口構造、財政、政治、文化によって異なる選択がなされていることを学んできました。
今回のケニア編をもって、第10期は終了となります。
ご参加いただいた皆さま、ありがとうございました。
海外医療制度勉強会は、次のステージに向けて内容をさらにブラッシュアップしていきます。
今後も、世界の医療制度を通じて、日本の医療の「いま」と「これから」を考えていきます。