「ポルトガルの医療制度」
NHS(国営保健サービス)を軸とする多層的構造と効率化への挑戦」開催報告
弊社では、日本の医療制度を相対化し、将来の制度設計や医療機関経営の視点を広げることを目的として、「海外医療制度勉強会」を継続的に開催しています。
2026年5月に開催した勉強会では、株式会社AMI&I 代表取締役 溝口博重が登壇し、「ポルトガルの医療制度」をテーマに解説しました。
今回取り上げたのは、全額税財源による普遍的な「国営保健サービス(SNS: Serviço Nacional de Saúde)」を基盤としながらも、職域共済や民間医療保険が重層的に機能している「多層的医療システム」です。医療へのアクセス平等性を担保しつつ、財政逼迫に伴う効率化とアクセス改善をどのように両立させているか、その構造的な特徴に迫りました。
勉強会の概要
1. ポルトガル医療の本質:「全員を包摂するNHS」と「補完する民間セクター」の二重構造
ポルトガルの医療制度の最大の特徴は、「すべての居住者に原則無料の医療を保障する国営保健サービス(SNS)」を中央に据えながらも、公務員や特定職種向けの「職域医療共済(Subsistemas de Saúde)」、そして近年急速に拡大している「民間医療保険」が重層的に重なり合っている点にあります。
公的セクターが「平等のセーフティネット」として機能する一方で、外来の利便性や待ち時間の短縮を求める需要に対しては民間セクターが応えるという、実質的な二重構造(Dual System)が成立しています。
2. 医療提供体制:総合診療医(GP)によるゲートキーパー制とプライマリ・ケア改革
医療提供体制のパートでは、オーストリアのフリーアクセスとは対照的な「厳格なゲートキーパー制」について整理しました。
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プライマリ・ケア(USF): 患者はまず、地域の「家族医療ユニット(USF)」に登録され、総合診療医(GP)の診察を受けます。近年はこのUSFの組織改革が進んでおり、医師や看護師のチームに対して「業績連動型のインセンティブ」を導入することで、質の向上と未登録患者の解消を図っています。
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専門医・病院医療: 病院での専門医治療や急性期医療は、原則としてGPからの紹介状が必要です。公的病院はグループ化(ULS: 統合健康地域組織)が進められ、地域内での効率的な資源配分が試みられています。
3. 医療財源の仕組み:中央集権的な税財源と、機能に応じた予算配分
財源の仕組みとしては、オーストリアのような社会保険方式ではなく、一般財政(税)を主財源としています。
国営保健サービス(SNS)の予算は中央政府から一括して配分されますが、病院への配分においては、日本でも馴染み深いDGs(診断群分類)に基づく包括払いが導入されており、効率的な病床管理を促すインセンティブとして機能しています。また、患者の自己負担(Moderator fees)は極めて低く抑えられており(近年はさらに免除範囲が拡大)、経済的理由による受診抑制を防ぐ設計となっています。
4. デジタルインフラとデータ活用
デジタル領域においては、電子処方箋システム(PEM)や、患者自身が医療情報にアクセスできるポータルサイト(RSE)の整備が進んでいます。特に、国営保健サービス内での処方箋のデジタル化率は極めて高く、不正請求の防止や、地域薬局と医療機関のシームレスな連携に貢献しています。
参加者の声とディスカッション
参加者からは、以下のような多角的な視点からの意見が寄せられました。
「税財源による原則無料のシステムを維持するために、プライマリ・ケア(GP)の段階でいかに効率化とインセンティブ設計を行っているかがよく分かった」
「フリーアクセスの日本から見るとゲートキーパー制は不便に思えるが、財政コントロールと資源配分の最適化という観点からは、非常に合理的な割り切りだと感じた」
総括
本勉強会を通じて、ポルトガルの事例は「予算の天井(総枠)が決まっている税財源方式において、いかに医療の質を落とさずにアクセスを管理するか」という、極めてシビアなシステム設計の知恵を示してくれました。
単に「国営だから非効率」というわけではなく、現場(USF)への業績連動報酬の導入や、公的セクターの補完としての民間保険の許容など、柔軟なパラダイムシフトが試みられています。超高齢化の中で医療費コントロールと地域包括ケアの再編を迫られる日本にとって、ポルトガルのプライマリ・ケア改革と多層的な財源構造は、多くのベンチマークとなる視点を含んでいます。
弊社では今後も、諸外国の医療制度の光と影を構造的に分析し、日本の医療経営・政策への提言へ繋げてまいります。