弊社では、日本の医療制度を相対化し、将来の制度設計や医療機関経営の視点を広げることを目的として、「海外医療制度勉強会」を継続的に開催しています。
2026年3月19日に開催した勉強会では、株式会社AMI&I 代表取締役 溝口博重が登壇し、「カンボジアの医療制度」をテーマに解説しました。
今回取り上げたのは、国家による統一的な制度が十分に確立されていない中で、公的医療・民間医療・国際支援が併存する「多元的医療システム(Pluralistic Health System)」です。
カンボジアの医療制度の最大の特徴は、単一の制度によって医療が提供されているのではなく、公的医療機関、民間医療機関、そしてNGOや国際機関による支援が重層的に存在している点にあります。国家の制度的統制が相対的に弱い中で、複数のプレイヤーが役割を分担しながら医療提供が成り立っている構造となっています。
勉強会ではまず、カンボジアの医療提供体制として、一次医療を担うヘルスセンターと、機能別に区分されたリファラル病院(CPAレベル)からなる公的ネットワークが存在する一方で、実際の医療利用においては民間医療の比重が非常に大きい点を整理しました。民間医療は自由価格で提供されるため、公的医療の数倍の費用となるケースもあり、患者は価格とアクセスを踏まえて医療機関を選択しています。
また、医療財源の仕組みとしては、給与労働者を対象とした社会保険制度(NSSF)が限定的に存在するものの、制度全体としてのカバー率は高くありません。その中で重要な役割を果たしているのが、貧困層を対象とした医療費支援制度であるHEF(Health Equity Fund)です。HEFは第三者支払いの仕組みとして機能し、公的医療機関の利用を促進するとともに、医療アクセスの底上げを担っています。
さらに、カンボジアの特徴的な点として、医療の質の担保が国家主導ではなく、国際機関やドナーによるプログラムを通じて行われている点が挙げられます。結核やHIV、マラリアといった特定領域においては、診療プロトコル、医薬品供給、研修、モニタリングなどが外部支援によって体系的に整備されており、「支払いとプログラムによる質の担保」という構造が形成されています。
講義では、こうした制度の背景として、内戦後の国家再建プロセスや財政制約、国際支援への依存といった歴史的・社会的要因についても説明が行われました。
参加者からは、
「国家がすべてを担わない中で、医療制度が成立している構造が興味深い」
「支払い制度と外部プログラムによって医療の質を担保している点は、日本にはない視点」
といった声が寄せられ、制度の前提条件の違いを踏まえた活発な議論が行われました。
本勉強会を通じて、医療制度は必ずしも単一の統一モデルで構築されるものではなく、国家・市場・外部支援といった複数の要素の組み合わせによって成立しうることが改めて示されました。カンボジアの事例は、制度が未成熟な環境下においても、どのように医療アクセスと質を担保していくかという観点から、日本の医療制度を考える上でも重要な示唆を与えるものといえます。
弊社では今後も、こうした海外事例を通じた構造的な比較分析を継続してまいります。