新着情報 新着情報のアイコン画像 Information

2024/7/31

教養としての戦争と医療と法 #4 ウィーン体制の平和からイタリア統一戦争(1815~1871年)

「教養としての戦争と医療と法」と題しまして、無料のオンライン勉強会を企画開催致します。
昨今の世界情勢などもありますが、何事も歴史があります。
今回、近代以降の国際情勢を学びながら、発見やら学びをしていければと思っております。

【講師】
緒方 健氏(鹿児島出身)
溝口博重氏(青森県出身)

【過去開催】
#1ウェストファリア条約~国家主権~   
#2絶対王政への反抗~フランス革命~   
#3ナポレオン戦争~欧州近代史の始まり~ 
#4イタリア統一戦争

第4回のテーマは「イタリア統一戦争」です。

ナポレオン戦争(1803~1814)で欧州は、ナポレオンによって大きく変わりました。
19世紀初頭のウィーン会議による揺り戻しで王政復古となりましたが、各国ともナショナリズムの高まりもあり、19世紀半ばから各地域で大きな動きがあります。

ナポレオン戦争後、ウィーン会議(1814-1815年)でヨーロッパの勢力均衡が再編されましたが、イタリアは再び分裂し、多くの地域がオーストリアの影響下に置かれました。。
主な地域として、サルデーニャ王国、ロンバルド=ヴェネト王国(オーストリア支配下)、教皇領、ナポリ王国(シチリアとナポリを含む)などがありましたが、これらの国家群が国の支配から独立して統一国家を形成する過程を「イタリア統一戦争(リソルジメント)」と呼びます。
この過程には複数の戦争や政治的動きが含まれます。以下はイタリア統一戦争の主な背景です。

第一次イタリア独立戦争(1848-1849年): サルデーニャ王国がオーストリアに対して起こした戦争。敗北しましたが、ナショナリズムを高めるきっかけとなりました。
第二次イタリア独立戦争(1859年): サルデーニャ王国がフランスのナポレオン3世と同盟を結び、オーストリアに対して勝利を収めました。この戦争により、ロンバルディアがサルデーニャ王国に併合されました。
ガリバルディの「千人隊」遠征(1860年): ガリバルディが南イタリアのナポリ王国を征服し、これをサルデーニャ王国に譲渡しました。
第三次イタリア独立戦争(1866年): プロイセン=オーストリア戦争の際、イタリアはプロイセン側に立ち、ヴェネツィアを獲得しました。
ローマの占領(1870年): プロイセン=フランス戦争の混乱の中、イタリア軍は教皇領を占領し、ローマを統一イタリア王国の首都としました。
これらの一連の出来事を経て、イタリアは統一を果たし、1871年にイタリア王国が正式に成立しました。
イタリア統一戦争はヨーロッパ全体において多くの重要な意味を持っています。その影響は政治的、経済的、社会的に広がり、他のヨーロッパ諸国にも大きな影響を及ぼしました。
国民国家の形成: イタリア統一は、ナショナリズムと国民国家の形成を促進しました。これは、ヨーロッパ全体における国民国家の概念の普及と発展に寄与しました。他の地域でも同様の動きが加速し、国民国家の成立を目指す運動が広がりました。
勢力均衡の変化: イタリアの統一により、ヨーロッパの勢力均衡が変化しました。特にオーストリア帝国の弱体化とプロイセンの台頭が顕著になり、これが後のドイツ統一へと繋がりました。
外交関係の再編: イタリア統一戦争中に結ばれた同盟(例:サルデーニャ=フランス同盟)は、ヨーロッパの外交関係を再編成しました。これにより、新たな同盟や敵対関係が形成され、各国の外交政策に影響を与えました。

また医療面でも動きがあります。
1859年6月24日に、第二次イタリア独立戦争の一環としてソルフェリーノで行われた戦闘。フランスとサルデーニャ王国の連合軍がオーストリア軍と対峙し、約30万人の兵士が参加しました。この時、約4万人の死傷者がでましたが、傷兵たちが適切な医療を受けられず苦しんでいる事から、1863年にジュネーブで「負傷兵救護国際委員会」が設立されました。これが後の国際赤十字社の基礎となります。同委員会は戦時における中立的な救護活動を行うことを目的とし、その象徴として赤十字のマークが採用されました。

赤十字の理念と影響
中立と人道: 赤十字社は戦時において中立的な立場を保ち、すべての負傷者を人道的に支援するという理念を持っています。これにより、敵味方を問わず救護活動を行うことが可能となりました。

国際人道法の発展: 赤十字社の設立は、戦争における人道的な取り組みの重要性を強調し、後のジュネーブ条約(1864年)の締結にも大きな影響を与えました。この条約は戦時における負傷者の保護を規定し、戦争のルールを明確化するものです。
赤十字社の登場は、戦争の悲惨さを目の当たりにしたアンリ・デュナンの行動が直接のきっかけであり、彼の努力が国際的な人道支援活動の礎を築きました。イタリア統一戦争の一環としてのソルフェリーノの戦いは、その歴史的な転機となりました。

このあたりについても今回は触れたいと思います。